岩波書店は『図書』というPR誌を毎月発行しております。昭和時代に私が高校生の頃は、たしか1号あたり10円の定価だったかと。年間契約でしたので、おそらく年間120円で50/60ページ位の『図書』が毎月自宅に送付されてきました。なかなか充実した内容でした。今はウェブサイトによると1号100円となってます。
忘れがたい『図書』記事のひとつが、匿名で書かれたあるもの。その人は文筆家ではありません。おそらく当時大企業の重役(社長クラスでは?)だった人でしょう。その人物は学生の頃、それは戦中か戦前でしたが、警察に逮捕されたそうです。警察なのか、特別高等警察(通称「特高」)なのかは明記されていなかったと思います。あるいは高校生の私にはわからなかっただけで、大人が読めばわかる内容だったのかも知れません。一般の、刑法犯罪は警察の扱い、共産主義思想などの禁止されていた政治思想は特高の扱いでした。私が高校生だった当時、容疑者は「犯人」と呼ばれ、メディアは呼び捨てにしていました。名前、顔写真とともに、容疑内容も公表されました。つまり、私の高校生当時、警察が逮捕を公表した時点で、社会的には、裁判なしで、ほぼ罰せられたようなものでした。その人物の書くところでは、戦前はかならずしもそうではなく、その人の場合は、幸運なことに氏名などは公表されなかったということです。で、逮捕後、その人物は容疑不十分ということで、釈放されたそうです。この人はこれを大変有り難かったと書いていました。つまり、公表されていたならば、自分の人生はそこで終わったも同然。公表されなかったからこそ、自分は戦後、就職し、出世することができた、というわけです。それは文筆家の文章ではありませんでしたが、内容は十分に正確に私は理解したと思います。
現在はどうかと言えば、警察はおそらくすべての事案を公表しているはず。犯罪の概要、容疑者の氏名、職業、顔写真も。テレビだと動画で、多くの場合、顔を隠している様子が映りますが、はっきりと映るものも手に入れます。警察には広報部は存在しませんので、担当した部課の職員がメディア対応をこなします。普通は、記者クラブにいる記者に順番に1社ずつ対応します。時間がかかりますね。なぜ警察はこんな対応を?理由は後で。
この慣行の問題点は、発表された容疑者が無実だった場合です。つまり、警察は誤りを犯さないという前提で話は回りますが、そんなことはありえません。相当な人権無視ですね。しかも「人質司法」というやり方で、警察は容疑者を何週間も拘束し続けます。拘束期間が終わると、容疑をrenewして。たとえば、殺人事件では、かならず死体遺棄容疑から入ります。少し頭が悪いのだろうとしか思えません。死体遺棄は犯罪でしょうが、それよりも社会的に大きな意味を持つのは殺人容疑の方でしょう。それは後回しで、まず死体遺棄容疑で逮捕令状執行となります。普通の知力、体力、精神力があれば持ちこたえることは可能かも知れませんが、世の中にはそうではない人々はたくさんいます。このような人を警察は容赦なく容疑者に仕立てあげることがしばしば。袴田事件(冤罪)では、警察は「証拠」の製造までやっていました。
普通の民主国家では、警察がこんな逮捕をすることはありません。もちろん、例外があって、社会的に影響が大きい場合、たとえば、幼児誘拐殺人、銃を持って逃亡している場合、詐欺事件などでは公表、公開が前提ですが、それ以外の一般的な犯罪の場合は、容疑者のプロフィールを詳しく報道することはありません。警察がメディア記者に伝える場合には、例えば「30歳の男性容疑者が逮捕された。容疑は〇〇…」程度です。
では日本の警察はなぜ今のやり方を?こうすることで、メディアをかなりコントロールできるから。つまり、メディアは警察の都合の悪いことは報道せずに、良い犬の役をして尻尾を振っていればOKということです。つまり、例えば、〇〇新聞は警察が賄賂をとっていたという事件があったとしても、メディアは警察との「仲」「関係」を維持するために、警察をボコボコにしない、ということです。そうやって「良い子」にはご褒美のチクリをあげましょう、という仕組みです。
『図書』の編集者がどうやって、この、大企業の社長、副社長クラスに匿名で書くよう説得したのでしょうか。そちらも気になります。岩波には『世界』という総合雑誌がありますので、そちら経由では?と私は疑っております。
日本の警察は本当にかなり特殊な組織ですね。思想がかなり偏っています。後日機会を改めて別の似た話題を書くつもりでおります。
忘れがたい『図書』記事のひとつが、匿名で書かれたあるもの。その人は文筆家ではありません。おそらく当時大企業の重役(社長クラスでは?)だった人でしょう。その人物は学生の頃、それは戦中か戦前でしたが、警察に逮捕されたそうです。警察なのか、特別高等警察(通称「特高」)なのかは明記されていなかったと思います。あるいは高校生の私にはわからなかっただけで、大人が読めばわかる内容だったのかも知れません。一般の、刑法犯罪は警察の扱い、共産主義思想などの禁止されていた政治思想は特高の扱いでした。私が高校生だった当時、容疑者は「犯人」と呼ばれ、メディアは呼び捨てにしていました。名前、顔写真とともに、容疑内容も公表されました。つまり、私の高校生当時、警察が逮捕を公表した時点で、社会的には、裁判なしで、ほぼ罰せられたようなものでした。その人物の書くところでは、戦前はかならずしもそうではなく、その人の場合は、幸運なことに氏名などは公表されなかったということです。で、逮捕後、その人物は容疑不十分ということで、釈放されたそうです。この人はこれを大変有り難かったと書いていました。つまり、公表されていたならば、自分の人生はそこで終わったも同然。公表されなかったからこそ、自分は戦後、就職し、出世することができた、というわけです。それは文筆家の文章ではありませんでしたが、内容は十分に正確に私は理解したと思います。
現在はどうかと言えば、警察はおそらくすべての事案を公表しているはず。犯罪の概要、容疑者の氏名、職業、顔写真も。テレビだと動画で、多くの場合、顔を隠している様子が映りますが、はっきりと映るものも手に入れます。警察には広報部は存在しませんので、担当した部課の職員がメディア対応をこなします。普通は、記者クラブにいる記者に順番に1社ずつ対応します。時間がかかりますね。なぜ警察はこんな対応を?理由は後で。
この慣行の問題点は、発表された容疑者が無実だった場合です。つまり、警察は誤りを犯さないという前提で話は回りますが、そんなことはありえません。相当な人権無視ですね。しかも「人質司法」というやり方で、警察は容疑者を何週間も拘束し続けます。拘束期間が終わると、容疑をrenewして。たとえば、殺人事件では、かならず死体遺棄容疑から入ります。少し頭が悪いのだろうとしか思えません。死体遺棄は犯罪でしょうが、それよりも社会的に大きな意味を持つのは殺人容疑の方でしょう。それは後回しで、まず死体遺棄容疑で逮捕令状執行となります。普通の知力、体力、精神力があれば持ちこたえることは可能かも知れませんが、世の中にはそうではない人々はたくさんいます。このような人を警察は容赦なく容疑者に仕立てあげることがしばしば。袴田事件(冤罪)では、警察は「証拠」の製造までやっていました。
普通の民主国家では、警察がこんな逮捕をすることはありません。もちろん、例外があって、社会的に影響が大きい場合、たとえば、幼児誘拐殺人、銃を持って逃亡している場合、詐欺事件などでは公表、公開が前提ですが、それ以外の一般的な犯罪の場合は、容疑者のプロフィールを詳しく報道することはありません。警察がメディア記者に伝える場合には、例えば「30歳の男性容疑者が逮捕された。容疑は〇〇…」程度です。
では日本の警察はなぜ今のやり方を?こうすることで、メディアをかなりコントロールできるから。つまり、メディアは警察の都合の悪いことは報道せずに、良い犬の役をして尻尾を振っていればOKということです。つまり、例えば、〇〇新聞は警察が賄賂をとっていたという事件があったとしても、メディアは警察との「仲」「関係」を維持するために、警察をボコボコにしない、ということです。そうやって「良い子」にはご褒美のチクリをあげましょう、という仕組みです。
『図書』の編集者がどうやって、この、大企業の社長、副社長クラスに匿名で書くよう説得したのでしょうか。そちらも気になります。岩波には『世界』という総合雑誌がありますので、そちら経由では?と私は疑っております。
日本の警察は本当にかなり特殊な組織ですね。思想がかなり偏っています。後日機会を改めて別の似た話題を書くつもりでおります。