恐れられていた通り、イスラエルはイランの軍事施設を一斉攻撃し、イランは報復攻撃を始めたとのことです。6月14日の朝日新聞の天声人語に、故アントニオ・カッセーゼ氏 Antonio Cassese (1937–2011) から、コラム子が教えられたことが引用されていました。引用します:
「予防的な先制攻撃」についての考えを聞くと、こんな例を挙げた。「あなたが『イランは核兵器を1年後に使うだろう』と考えたとする。自衛のためだと攻撃を正当化しようとしたら、私は三つ条件を与えたい。確固たる証拠を国連に示す。攻撃対象は政府や体制でなく、『危険なもの』に限る。後に誤りがわかったら国際法廷で裁きを受ける」条件を満たさなかった場合を問うと「侵略行為になる」と即答し、こう付け加えた。力で紛争は解決できない。それができるのは国際法だと信じているが、多国籍間の働きかけが非常に大切だと。(引用終了)
彼は国際法の法廷で判事として働き有名な人です。上記の意見は立派に見えますよね。しかし、私の意見では、どちらかというと下らない見解ですね。あなたの意見は?
確固たる証拠を国連に示す?一見ごもっともですが、外交においては、知っていることを知らないようにし、知らないことを知っているかのように振る舞うことは当然のことです。つまり、知っていることと知らないことを第3者(国連)に提示することは、外交、国際政治ではあり得ませんね。もし提示する国があるとしたらまったくの愚か者です。攻撃対象は「危険なもの」だけ?何が危険で、何が危険でないかは自分で判断したい。例えば、イランの核兵器は危険だが、輸送兵器(弾道ミサイルなど)は危険でないという考えはナンセンス。同様に、イランのために核物質を研究する人物も、輸送兵器を開発する人物も同様に脅威であるかどうかは自分が判断したい、第3者と議論をする必要はゼロですね。誤りがわかったら裁きを?国際政治、外交で誤りは普通のことです。しかも誤りあるいは正義は、立場、時代、力関係、前後関係により動くもの。アメリカはベトナム戦争での犯罪行為の裁きを受けたことはありません。
Antonio Cassese は非常に有名な人でした。ですが、国際法ではそうであっても、外交では相当にnaïve、あるいはピントが外れていたのかも知れないと知って私にはちょっとした驚きでしたね。斯様に書きながらも彼の残した有名な言辞がありますので、本日はそれを:
We are not here to deliver victors’ justice. We are here to give justice to the victims.
彼は International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia (ICTY)においてpresidentでした。 言葉は人に勇気、力、感動を与えるものです。こんな簡単な言葉が強く心にしみるのはなぜでしょうか。
「予防的な先制攻撃」についての考えを聞くと、こんな例を挙げた。「あなたが『イランは核兵器を1年後に使うだろう』と考えたとする。自衛のためだと攻撃を正当化しようとしたら、私は三つ条件を与えたい。確固たる証拠を国連に示す。攻撃対象は政府や体制でなく、『危険なもの』に限る。後に誤りがわかったら国際法廷で裁きを受ける」条件を満たさなかった場合を問うと「侵略行為になる」と即答し、こう付け加えた。力で紛争は解決できない。それができるのは国際法だと信じているが、多国籍間の働きかけが非常に大切だと。(引用終了)
彼は国際法の法廷で判事として働き有名な人です。上記の意見は立派に見えますよね。しかし、私の意見では、どちらかというと下らない見解ですね。あなたの意見は?
確固たる証拠を国連に示す?一見ごもっともですが、外交においては、知っていることを知らないようにし、知らないことを知っているかのように振る舞うことは当然のことです。つまり、知っていることと知らないことを第3者(国連)に提示することは、外交、国際政治ではあり得ませんね。もし提示する国があるとしたらまったくの愚か者です。攻撃対象は「危険なもの」だけ?何が危険で、何が危険でないかは自分で判断したい。例えば、イランの核兵器は危険だが、輸送兵器(弾道ミサイルなど)は危険でないという考えはナンセンス。同様に、イランのために核物質を研究する人物も、輸送兵器を開発する人物も同様に脅威であるかどうかは自分が判断したい、第3者と議論をする必要はゼロですね。誤りがわかったら裁きを?国際政治、外交で誤りは普通のことです。しかも誤りあるいは正義は、立場、時代、力関係、前後関係により動くもの。アメリカはベトナム戦争での犯罪行為の裁きを受けたことはありません。
Antonio Cassese は非常に有名な人でした。ですが、国際法ではそうであっても、外交では相当にnaïve、あるいはピントが外れていたのかも知れないと知って私にはちょっとした驚きでしたね。斯様に書きながらも彼の残した有名な言辞がありますので、本日はそれを:
We are not here to deliver victors’ justice. We are here to give justice to the victims.
彼は International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia (ICTY)においてpresidentでした。 言葉は人に勇気、力、感動を与えるものです。こんな簡単な言葉が強く心にしみるのはなぜでしょうか。
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