字幕なしの英語聴き取り応援団

英語の映画などの発話部分だけを編集、抽出して、繰り返し聞くという学習方法をおすすめするブログです。留学などの費用、時間をかけずに、実用的な英語力を涵養することができます。3か月以内に結果を出しましょう。既に210本以上の映画を紹介済み。

2024年02月

日本語では老子と書いて「ろうし」です。これをlatinizeすると、普通は Lao Zi にします。春秋戦国時代の「哲学者」という理解でよろしいのでしょう。Lao Ziは英語圏でも良く知られた人です。私が好きな、彼の有名なフレーズは Those who speak do not know, those who know do not speak です。おそらくこれが最も良く知られたLao Ziの言葉でしょう。ほとんど解説が要らないほど簡潔明瞭です。ただ、欧米人の論理のcontextから見ると、これはnonsenseという人は少なくありません。もしかすると、これを高く評価するのは東洋人と東洋の心を持つであろう西洋人だけなのかも知れません。

ちなみに、中国語の原文は何かとChatGPTに尋ねたところ、間違えた答えが返ってきましたので、私はここに掲載するのを控えます。彼は本当に中国語を理解しているのか少し心配に…

でも、Lao Ziの言葉とされる、別の極めて有名なフレーズがあります。「千里之行,始于足下」なんとなくわかりますよね。A journey of a thousand miles begins with a single step. これはあまりに有名なので、古代ローマ人の言葉だと固く信じているアメリカ人がいました。私はそれが間違いである、ということを示す積極的な証拠を知りませんが、Lao Zi で十分納得できます。

なお、中国の古典となると、欧米では必ずしも現代中国語のpinyinが優勢とは限りません。英語圏でも広州語(香港などの言葉)で培った土台がありますので、ですので、道教と書いて、英語では普通は Taoism と呼びます。Lao Zi という名前と Taoism 程度の事を知っていても無駄ではないだろうと思います。なお Lao Zi が実在した人物の名前なのか、単なる尊称に過ぎないのかなどたくさんの疑問がありますが、それらはほぼ研究者のmatterとして位置付けて良いと思います。

私が高校生の頃にものすごく多くの生徒が持っていた本がありました。たいていはそれは『出る単』と呼ばれる本で『試験にでる英単語』森一郎、青春出版社刊、新書版サイズでした。姉妹編もいくつかあって英熟語を収めた版もありました。森氏は大学受験で出てくる頻度を手作業でチェックしてその頻度で単語を選んだという意味のメッセージがその本に書かれていたはず。これは結構その目的には良い本だったと思います。ただ、今の私がどのように評価するかはわかりません。

私は月に1,2度書店で英語に関係する本をチェックします。相も変わらずに、『出る単』の仲間のような本がありますが、推す価値のある本に出合ったことはありません。良さげな本に見えても、常に私のあるcriteriaでFの烙印が押されるから。そのcriteriaとは何か?著者が読者をちゃんと導いているか、です。極めて曖昧ですよね。たとえば principle principal というふたつの単語は似ています。あなたは意味の区別ができますか?これら2つはラテン語のprincipiumというroot wordから英語に入りました。なるほど。ではprincipleの-l- (elle)はどこから?そのふたつの語は同じ意味?違うとすればどのように違いが?その語に関して、日本人が陥りやすい間違いは?principle principal で発音は違うのか同じなのか?そもそもそれら2つの単語の違いをASはどのように思っているのか---つまり彼らも間違えやすいのか、それとも間違えようがないのか?これらを使うフレーズ、イディオムはあるのか?等々。

これらの点について言及せずに、principle の意味は〇〇、principalの意味は▢▢で覚えよ、と言うのは私は不親切だと思います。これらのありうべき質問に対して、単語本の著者は問われるまでもなく答えておく必要があり、そうやって初めて読者(高校生、受験生)を成功へと導くのだと考えます。私が見る限り、単語本の著者の多くは、あるいはすべては、このような視点を持っていませんね。

なぜそうなのか。私の邪推では彼らの英語力が大したことがないからでは?そもそも論ですが、彼らの単語力が足りていない可能性が大だと私は思います。あるいは単語力が足りていてもそれらを統合し、読者を惹きつけるだけの情熱、力量がない、あるいは不十分である。しかも、ここに発音が加わってくるはず。例えば、accept except の発音。これらは同じ発音なのか、違うのか。実はアメリカではこれらを同じ発音でする人々がいます。すべての人がそうだというわけではありませんが、最初は私の頭はクラクラしましたね。(このことは辞書には出ていませんけどね。)

これらのように、実は単に辞書的意味論だけではカバーしえないような分野が絡まっていて、つまり、練達の英語のpilotがいて初めて読者という船を正しく導くことができると思います。そのような視点で、今書店の棚にたくさんある『出る単』の子孫の本を評価すると、この点で最低限でもプラスの評価を与えるべき本に私は出会ったことがありません。なお、それとは別に、収録されている単語が本当に、例えば、英語のメイジャーな新聞の記事を読むに足るレベルか、で言えば、大半はそれすら怪しいと私は思います。それがFという評価の理由です。

ただやらないよりはマシかも知れません。私が高校生の頃『出る単』をこのような視点で評価することなく、なんとなく頼って電車の中で暗記していたのと同じでしょう。

今日はあなたが受けてきた教育の特徴について考えてみましょう。

私は色々な分野で知的好奇心を維持しているはずですが、一番弱いのが日本史と呼ばれる分野です。先日、山川出版社の受験生向けの詳しい、教科書より分厚い日本史の本を立ち読みしましたが、驚いたことに私が高校生だった頃と書かれていることはあまり変わりませんね。こんなことで良いのでしょうか。しかもこんな、やや詰め込み偏重の歴史を学んでも欧米人と伍する時のためにほとんど身につくものはなさそうです。ただ従順な学生ができるだけ。欧米のcontextで見れば、少し愚かな学生、と言えるほどにそれは酷いレベルだと思います。

あなたはこんな質問に答えられますか?徳川家康はなぜ居住場所に江戸を選んだのか。徳川幕藩体制における軍事力とはなにか。年貢米制度の功罪は何か。コメ本位制は経済を促進したのか減速したのか。なぜ明治政府になってから日本は急速に近代化を推し進めることができたのか。反政府軍の最高責任者であった西郷隆盛の銅像が東京の中心部に近い上野の山に置かれているのはなぜか。武家諸法度の意義は何か。などなど無数に質問が浮かんできます。日本に限定せずに、東アジアにおける日本という視点で見るともっと疑問は膨らんでいきます。おそらく、上記の山川の本を書いた人の頭の中にはこのような、誰でもが抱くであろう疑問を自力で解くための基礎的知識、依拠すべき情報源、答えのまとめ方の基本的作法を学生に持ってもらいたいと思ったことはないでしょう。その代わり、日本史の基礎的、表面的事項を無批判に受け入れて欲しい…と無自覚のうちに願っていたはず。

私の日本の教育における、とてつもなく大きな違和感、無力感、絶望感が由来するのは、まさしくこの点です。基礎的、根本的な議論で鍛えられることのなかった知識にどんな意味があるというのでしょう。そんな鍛えがないから、日本人は羊のように従属的なのです。羊は家畜です。つまりそれ自体が自然の中で生存してゆくことは不可能です。自分を捕食者から守ることはできないし、繁殖も所有者が管理しています。どこにも自分の芯がありません。発信するものを持ちません。

日本の教育の少し変わったところは、知識の習得にのみ驚くべき時間をかけることです。仕方ありませんね。こんな複雑な文字体系ですので、一生学んでいくしかありません。つまり規則ではなく、無限の例外をいそいそと学んでいるわけです。こんなことを唯唯諾々とやらせる国は先進国にはありませんよ。これ故、日本人はoutputすることに極めて不慣れです。驚くほど技術が稚拙です。知識はものすごく持っているが、その意味はよくわかっていないし、個性を反映したoutputをしたことがない、のです。これではあなたが持っている知識、経験、情熱、理念を評価し、あなたに優れた機会を与えてくれる大学、大学院、一流企業に受け入れてもらうことはできるのでしょうか。

これからは自分に対して質問をoutputしてみましょう。なぜ自分は英語を勉強しているのか。その分野で良いのか。その方法で良いのか。その達成スピードで良いのか。自分に欠けているものは何か?1年後の自分はどこで何をしているのか。

最初は期待したようにはうまく行かないでしょう。でもそれで良いのです。段々上達し、慣れてきます。怖がったり、恐れたりしないで、失敗することに慣れましょう。そうすると、冷静になって考えることができ、良い質問ができるし、優れた回答をつくることができるようになりますよ。

あるいは、自分の知っていること、経験したことをoutputしてみましょう。そしてそれを評価してみましょう。例えば、17世紀のオランダ船が日本に持ってきた、1航海の銀をどれ位の量の金と交換していたのか。それが彼らの主たる経済的モチベーションだったはずですが、その交換が経済的に成立したのはなぜか。必ずしもあなたが知っているだろうと思って書いているわけではありません。これを知るとなぜ九州の大名たちは南蛮貿易に参画したがったかがわかるはず。電車で移動中にこんなことを考えるのは結構楽しいです。次から次へと色々な疑問が頭に浮かんできますし、答え候補も出てきます。くだらないスマホゲームをしているよりもずっと楽しいし、益するところが大です。

なお、どんなくだらないことでもノートに書きなぐっておくことを進めます。思考の速度の方がずっと速いので、すべてを書くことはできないし、その必要もありません。その時の考えのキーワードを残しておけば、後で5割位の確率でもう一度組み立てることができます。これにも慣れが必要ですけどね。質問し、言語化し、図示し、個性化する;つまりoutputする…早速始めましょう。

昨日の続きです。

Chattieの説明ではちょっとわかりずらい(づらい?)ですが、これにはほぼ誰でも知っている説がありますね。etymonlineから引用します:

late 12c., Giw, Jeu, "a Jew (ancient or modern), one of the Jewish race or religion," from Anglo-French iuw, Old French giu (Modern French Juif), from Latin Iudaeum (nominative Iudaeus), from Greek Ioudaios, from Aramaic (Semitic) jehudhai (Hebrew y'hudi) "a Jew," from Y'hudah "Judah," literally "celebrated," name of Jacob's fourth son and of the tribe descended from him.
https://www.etymonline.com/search?q=jew
これはetymonlineからの引用です。

Jacobの第4子は、英語では Judah と綴ります。なお、「最後の晩餐」の前にイエスを裏切ったJudas Iscariot です。つまり、綴りが違いますが、おそらく両者は同じような使われ方をしてきたはず。それは別にしても、現代英語では別々の綴りの名前、つまり Judah と Judas Iscariot です。Iscariot とは地名です。彼の出身地を表すのでしょう。

昨日のpostの Hebrew という言葉の起源はおそらく紀元前3世紀頃に使われていたはず。ですが、こちらのJewの語源は12世紀になる、ということですね。ただ、これがユダヤ教ではどうだったのでしょうか。この話はキリスト教徒にとっては興味のある話でしょうが、ユダヤ教徒にとっては関心のない事柄であるということを思い出しましょう。英語での登場が12世紀ということですが、これはラテン語と結びついているはずなので、おそらく他のヨーロッパの言語でも似たような時代に使われ始めたのではないでしょうか。

3つ目の Israeli は、そのまま国名 Israel に由来します。最近のSaudi Arabia のpostで書いたように-i-はこの辺の言語ではよく形容詞化で使われるmorpheme です。ところで Israel にはChattieの説明以外にどのような語源が?etymonlineでは以下のように説明されています:
headword: Israel
Old English Israel, "the Jewish people, the Hebrew nation," from Latin Israel, from Greek, from Hebrew yisra'el "he that striveth with God" (Genesis xxxii.28), symbolic proper name conferred on Jacob and extended to his descendants, from sara "he fought, contended" + El "God." As the name of an independent Jewish state in the Middle East, it is attested from 1948. 
https://www.etymonline.com/search?q=israel

下線を施したstriveth with God とはGenesisに登場する文言のようですが意味は「神と競争するもの」ですね。別の訳では 「神とレスリングをするもの」という版もあります。そこに名前のない「男」が登場し、Jacobに負けます。そして、Then the man said, “Your name will no longer be Jacob, but Israel, because you have struggled with God and with humans and have overcome.”と言います。この語源は上記の引用にある通りです。聖書に登場するJacobは信心深いのですが、欠点も多くて、それが彼を「人間的」にしていると思います。それはともかく、ユダヤの民は始祖ヤコブの子孫であると創世記に書かれています。

こうして見てくると、これらの呼称はかなり複雑で、難解です。しかも解説をするとなると、どうしてもヘブライ語あるいは古代ギリシャ語に遡ることが必要です。それらにまったく疎い私には非常に荷が重いことです。こんな私の力で多少は皆様のお役に立てたかどうか全然自信がありません。これはある意味で仕方のないことかも知れません。旧約聖書は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の正式な「文書」ですが、単なる「物語」ではなくて、専門家のみが解釈可能な箇所がたくさんあります。昨日、今日ちょっと大仰なタイトルを付けてあれこれ書いてきましたが、十分説明はできたでしょうか。

本論の前に。私は大谷翔平氏が盗塁を狙うことには反対ですね。彼の体を見ると高卒の頃よりだいぶビルドアップされていて、それがユニフォームの上からも容易にわかります。おそらく彼は体重を10kg以上増やしているはず。仮に前の体重が90kgだとして、今が105kgだとしましょう。約16%アップです。これで以前と同じようにベース間の加速をするためには加速に関係する筋力を35%アップさせねばなりません。簡単な物理学での計算です。これは容易なことではありません。そしてこれがまた更に彼の体重を増やします。ということは無理な走塁を重ねる可能性が高くなり、きわどいプレイが多くなり、怪我の可能性が高くなります。観客には面白くなるので良いでしょうが、長期的には割に合わないと私は考えます。

さて、Jew, Hebrew, Israeliの違いは?普通に言えば、同じ人々を指すはずですが、違いはあるのでしょうか。これは結構難物です。ヘブライ語などを理解しない私には荷が重いのですが、複雑さの一端を示すことだけはできます。

まあ、私がつべこべ言うよりもChatGPTの回答を読む方が価値があるかも知れません。以下に引用します。その前に、この文章は正しいかと言えば、私は完全ではないだろうと答えたいです。先ずChattieの文を先に(原文ではitalicizeされるべき部分がそうされていませんのでそのままコピーします):

The terms "Jew," "Hebrew," and "Israeli" have distinct etymologies and are used to refer to different aspects of Jewish identity, though they are sometimes used interchangeably. Here's a brief explanation of each:

Jew:
Etymology: The term "Jew" has its roots in the Latin word "Iudaeus," which ultimately comes from the Greek "Ioudaios." These words were used to refer to the people of Judea, an ancient region in the Middle East. Over time, the term evolved into the modern English "Jew."
Usage: "Jew" is a broad term that refers to an individual who practices Judaism or is of Jewish descent. It's an ethnic and religious designation.

Hebrew:
Etymology: The term "Hebrew" has its origins in the ancient Semitic term "Ibri," which was used to describe the people who descended from Eber, a biblical figure. The word evolved into "Hebrew" in English.
Usage: "Hebrew" is a historical term often used to refer to the ancient Israelites or their language, Hebrew. In modern usage, it may also be used to describe Jewish people or things associated with Jewish culture, particularly in historical contexts.

Israeli:
Etymology: The term "Israeli" refers to the state of Israel, which was established in 1948. It is derived from the name of the country and is not directly tied to ethnicity or religion.
Usage: "Israeli" is a nationality or citizenship term. It is used to describe a citizen or resident of the modern state of Israel, regardless of their ethnic or religious background.
While these terms have distinct meanings, they are often used interchangeably, which can lead to confusion. It's essential to be aware of the context in which each term is used. Additionally, there are other names and terms used to refer to Jewish people, such as "Yehudi" (in Hebrew), "Jewish," or simply "the people of Israel." The choice of terminology may depend on cultural, historical, or religious perspectives. It's always respectful to use the terms that individuals or communities prefer for self-identification.

普通に読めば正しそうですが、私のような変人は少し違った角度から見た方が良いだろうと思います。

その前に、まずこの話題は本当にこんがらがっている、ということを我々は認識する必要があります。そのすべてのコンガラガリに首を突っ込む必要があるかどうか、に関しては、「知的なアプローチ」で十分だろうと私は申し上げたいですが、基本的には上記の3つでほぼ正解でしょう。時代、場所、立場、文献により使われている単語が違います。ただですが、ぜひ Israelite という言葉もある、ということは覚えてべきでしょう。これは現代語で言えば Israeli のことです。つまり「古代の」Israeliのことを Israelite と表現する場合もある、ということです。

知的なアプローチ第1弾は『七十人訳聖書』Septuagint です。これは本来はユダヤ人の間の、いち地方的な宗教であったキリスト教聖書が初めて、当時の共通語であったギリシャ語に翻訳されました。有名な Exodus の前後、ファラオが命じたことが、以下の現代語訳で知られています:

Then Pharaoh gave this order to all his people: “Every Hebrew boy that is born you must throw into the Nile, but let every girl live.”

原文(ギリシャ語版)を私は知りませんが、英語版ではそれは Hebrew なのですね。Septuagint の成立は、歴史的には紀元前3世紀頃、アレキサンドリアで、とされています。伝説によるプトレマイオス王の命で、というのは事実からは少し遠いとされています。翻訳の学者が70人招かれたので、それをギリシャ語の70Septuagintがそのままで。まるごとラテン語に入り、というか、古代ローマの聖職者がそれをラテン語に借用し、それが英語にまで伝わっております。

さて、改めてHebrewの語源は何か、ですが、それはEber エベルという名前の、旧約聖書に登場する人物の名前が語源とされていますが、別の説もあり、それがetymonlineで解説されています:
(見出し語 Hebrew)
late Old English, from Old French Ebreu, from Latin Hebraeus, from Greek Hebraios, from Aramaic (Semitic) 'ebhrai, corresponding to Hebrew 'ibhri "an Israelite." Traditionally from an ancestral name Eber, but probably literally "one from the other side," perhaps in reference to the River Euphrates, or perhaps simply signifying "immigrant;" from 'ebher "region on the other or opposite side." The initial H- was restored in English from 16c. As a noun from c. 1200, "the Hebrew language;" late 14c. in reference to persons, originally "a biblical Jew, Israelite."

https://www.etymonline.com/search?q=hebrew

明日に続きます。

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