最近話題になっている本 Spare はPrince Harryが書いたとされます。表紙にはただタイトルと彼の名前
Prince Harry が書かれているだけです。彼はこの本を執筆したのでしょうか。
私は彼はほとんど執筆していないと想像します。おそらく、彼は編集者と大体の構成を打ち合わせして、口頭で、思いつくエピソードと彼のコメントを述べて、その録音をもとに、別のゴーストライターが仕上げた、というのが実情ではないでしょうか。ちなみに、M-Wから引用します:
Prince Harry が書かれているだけです。彼はこの本を執筆したのでしょうか。私は彼はほとんど執筆していないと想像します。おそらく、彼は編集者と大体の構成を打ち合わせして、口頭で、思いつくエピソードと彼のコメントを述べて、その録音をもとに、別のゴーストライターが仕上げた、というのが実情ではないでしょうか。ちなみに、M-Wから引用します:
見出し語 ghostwrite verb transitive verb
: to write (a speech, a book, etc.) for another who is the presumed or credited author
非常に簡潔な定義。私はこのようなものが好きですねえ。しかも包み隠すことなく、出版業界の実情を述べています。for another who is the presumed or credited author です。つまりこの本で言えば、Prince Harryは1行も書いていなくても、authorとなる資格を有しているということです。これが出版業界の古くからの慣例ですね。そして裏では双方の弁護士が契約書の細かい部分について相当念入りに打ち合わせをしたでしょう。出版社側としてはできるだけ世間の注目を集めて本の売り上げを伸ばしたい、Harry側としては、Duke of Sussexとしての年金を打ち切られたくはない。
しかし、最近報道されているところを見るとHarryに有能な弁護士はいたのか、少し疑問です。あるいはそもそも、弁護士はいたのか。彼はちょっと無防備過ぎる、というか大胆過ぎるような気がします。言葉を換えれば、少しおバカかも、と思わせてくれます。
しかも、この表紙の写真。誰もがこれはPrince Harryだとわかりますが、しかし、王族の一員だと再認識させるものはまるでありませんね。彼がヘルメットを被って、通勤途中の工事現場で働いていても誰も気づかないでしょう。わざわざこんな写真が選ばれた----このことにすべてが要約されているような
気がします。彼が選んだとは思えません。出版社側が選んだのでしょう。その理由をこの青年は理解できているのか?
アメリカ、日本は別にしても、ヨーロッパの文化では、non-verbal messageは非常に大事です。例えば、私が「自分は徹頭徹尾、不戦主義者であり、世界中にそうなってもらいたい」という信念のもとに書いた本を出版するとしましょう。その表紙に、たとえば、ヴァイキング船のfigureheadの写真、あるいはナチズムのswastikaを私は採用するでしょうか。
私が彼であれば、工事現場の労働者が書いた本だと誰も振り向いてくれないので、表紙を見ただけで、自分の血筋は高貴だが、自分はそれだけにすがって生きていくつもりはない、というメッセージを伝えるものを選ぶでしょう。
あけすけに言えば、彼はあまり頭が良くはなさそうです。彼だけではなく今のUKの王室の主要メンバー全員がそうです。知性の備わる者が不倫相手に「君のタンポンになりたい」ということを言うでしょうか。ここには真の恋愛に付随する悩み、苦しみの一端がありますか?そのような者が賢く振る舞うには、賢い人の知恵を借りるのが良いだろうと申し上げたい。しかし娶った女性があれでは…
非常に簡潔な定義。私はこのようなものが好きですねえ。しかも包み隠すことなく、出版業界の実情を述べています。for another who is the presumed or credited author です。つまりこの本で言えば、Prince Harryは1行も書いていなくても、authorとなる資格を有しているということです。これが出版業界の古くからの慣例ですね。そして裏では双方の弁護士が契約書の細かい部分について相当念入りに打ち合わせをしたでしょう。出版社側としてはできるだけ世間の注目を集めて本の売り上げを伸ばしたい、Harry側としては、Duke of Sussexとしての年金を打ち切られたくはない。
しかし、最近報道されているところを見るとHarryに有能な弁護士はいたのか、少し疑問です。あるいはそもそも、弁護士はいたのか。彼はちょっと無防備過ぎる、というか大胆過ぎるような気がします。言葉を換えれば、少しおバカかも、と思わせてくれます。
しかも、この表紙の写真。誰もがこれはPrince Harryだとわかりますが、しかし、王族の一員だと再認識させるものはまるでありませんね。彼がヘルメットを被って、通勤途中の工事現場で働いていても誰も気づかないでしょう。わざわざこんな写真が選ばれた----このことにすべてが要約されているような
気がします。彼が選んだとは思えません。出版社側が選んだのでしょう。その理由をこの青年は理解できているのか?アメリカ、日本は別にしても、ヨーロッパの文化では、non-verbal messageは非常に大事です。例えば、私が「自分は徹頭徹尾、不戦主義者であり、世界中にそうなってもらいたい」という信念のもとに書いた本を出版するとしましょう。その表紙に、たとえば、ヴァイキング船のfigureheadの写真、あるいはナチズムのswastikaを私は採用するでしょうか。
私が彼であれば、工事現場の労働者が書いた本だと誰も振り向いてくれないので、表紙を見ただけで、自分の血筋は高貴だが、自分はそれだけにすがって生きていくつもりはない、というメッセージを伝えるものを選ぶでしょう。
あけすけに言えば、彼はあまり頭が良くはなさそうです。彼だけではなく今のUKの王室の主要メンバー全員がそうです。知性の備わる者が不倫相手に「君のタンポンになりたい」ということを言うでしょうか。ここには真の恋愛に付随する悩み、苦しみの一端がありますか?そのような者が賢く振る舞うには、賢い人の知恵を借りるのが良いだろうと申し上げたい。しかし娶った女性があれでは…
2014年、故・安倍晋三が中国を訪問してシーに会った時の仏頂面を私は忘れることはできませんね。この写真は日経の下記のオンライン記事から取りました。この表情は中国国内向けだとかいう記事があったが、そんな無益な解説は要らないでしょう。これが遠来の客を迎える中華文明のとるべき表情なのでしょうか。動画だともっともっと仏頂面でした。この仏頂面とwolf warrior diplomacyとがシーの在任中のイベントである、だけで十分です。そしてその延長線上に少数民族弾圧、搾取、人権抑圧、などなど黒歴史をどんどん描き続けてきたシー政権。東アジアの平和と安定には暗雲が立ち込めています。